冒険

オーストラリアの巨大トマトファームで異文化体験

こんにちは、マイムです。
ブラジルから帰国して5ヶ月が経ちました。地元で農業に勤しんでいます。
 
角田農園
 
と出荷伝票に書きすぎて、嫌いな「角」の字がバランスよく書けるようになってきました。

今回は

人生にちょこちょこ挟んでいる農業の話。意図的ではないけれど気づけば数年に一回農業に携わっている私です。

  初めての農業

  サツマイモ

小学生時代。田舎の小学校だったので広大な畑があり、毎年そこでサツマイモを育てていました。苗差し、水やり、草取り、収穫を経て、秋のやきいも大会がゴール。義務だったのでやっていただけ。楽しんでいた記憶は特になく、土いじりで汚れるのが嫌だった記憶の方が色濃いです。
 

  ミニトマト

授業で。義務。トマトに対して感情があったのかは謎。でも赤い実が収穫できたときは確かに嬉しかったです。トマトは好きじゃなかったけれど自分で育てたミニトマトはかわいく見えるもの。食べてあげたくなるあの感覚。食育。大人の狙い通り。ミニトマト栽培はそんなに汚れないのが素敵。鉢植えを歩いて自宅に持ち帰ることだけがネックでした。小学生あるある。
 
とまあ、子供の頃は潔癖だったので農業はどちらかといえば毛嫌いする分野でした。
 
マイム
マイム
幼稚園時代、パンツ一丁になって床一面に広げられた土粘土?(泥みたいな茶色い粘土)を身体中にべっとりまとわりつけながら無邪気に遊びなさいみたいな時間がありました。粘土が乾いて体じゅうがカピカピの茶色になるのが嫌過ぎて逃げ回ってました。ほんと勘弁。子供が全員無邪気だと思うなよ。

  大人になってからの私と農業

  マラウイ

アフリカのマラウイに行き、農業支援プロジェクトに参加。意図的に選んだというよりは無難な選択肢だったというのが本音。農業の知識もスキルもなかったので現地人にノウハウを教わりながらマンパワーとして農業に携わりました。主な作物はメイズ(トウモロコシ)。広大な土地での畑作業でしたが、作業そのものよりむしろ畑までの道のりが気が遠くなるほど長いこと、その道を灼熱の太陽の下歩いて行かなければならないことの方がつらかったです。
 
みんなで仲良くぞろぞろと…

  オーストラリア

ワーキングホリデイ

略してワーホリ。日本は現在何ヶ国と協定を結んでいるんでしょうか。どんどん増えている印象です。

どんな制度?

2国間の協定に基づいて、青年(18歳〜25歳、26歳、29歳または30歳)が異なった文化(相手国)の中で休暇を楽しみながら、その間の滞在資金を補うために一定の就労をすることを認める査証及び出入国管理上の特別な制度である。 Wikipediaより

年齢制限は国によって異なりますが、だいたいの国が30歳までという認識。
 
「ワーホリ=遊び」という印象を持たれることも多いです。ワーキングホリデービザは年齢制限こそあるものの、1年間滞在していいよ、何をしてもいいよ、という縛りの緩いビザ。ゆえに遊びほうけてもよし、がっつり働いてもよし。資格取得や専門職の経験を積む人もいます。
 
私自身は「3ヶ月の日本語教師養成講座受講」が目的でした。講座受講のための滞在、その手段としてそのビザを選択したに過ぎない。遊びに行ったんでしょ?という印象を持たれるのが嫌なので「ワーホリに行った」という表現を嫌っています。ワーホリは目的ではなく手段にもなるんだよ?
 
マイム
マイム
変なプライドだって自覚はありますが、実際日本ではワーホリでの海外滞在は空白の1年とカウントされがち。いい評価はされないのも事実。日本社会は厳しい。
 

ファームジョブ

オーストラリアにワーホリに行く若者がよくやる農場、農園でのアルバイト。既定の日数ファームジョブに携わると2年目の滞在ビザが申請できることもあり、日本に帰りたくないワーホリっ子の滞在延長の王道手段です。

マイム
マイム
もうひとつの王道はオーストラリア人の恋人を作ってパートナービザを申請する方法。って簡単に言うけど、リレーションシップは思い通りにはいかないよ?ギャンブルだよ?
当初の目的であった3ヶ月の講座を受講し終えた私は、せっかく1年間のビザで渡航しているのだから…という安易な理由でファームに行ってみようと考えました。お金も稼げるって聞くし。完全に魔が差したとしか言いようがないです、今思えば。

  トマトファームで働く

外国人に人気のファームジョブ。働きたくても仕事に有り付くまでが容易では無い。メールを送っても返信なし、電話をしても応答なし。ゆえに口コミが最終手段。誰かの紹介で空きが出た瞬間にそこに滑り込むのが近道です。
 
運よくトマトファームの仕事を見つけコンタクトが取れました。当時シドニーに滞在していたので飛行機でオーストラリア北部へ。小さな田舎町に引っ越しました。
 

  家

フラットシェアって言うんですかね、ああいうの。ファームのボスが借り上げている部屋の一室に強制的に住まわされることになりました。数人でシェアするのは承諾しましたが、無作為だろ、としか言いようがないコンビネーション。インドネシア人とマレーシア人の男子たちとの共同生活。日本人女性2人、マレーシア人男性3人、インドネシア人男性1人がひとつ屋根の下。なにこれうける。
 
インパクト大のシェアメイトたち(同年代)

  生活

東南アジア人男性は料理好き。ほとんど外食をしません。というのも、どんなものが入っているかわからないから外食は信用できないとのこと。彼らはイスラム教徒で、ハラルマーク( イスラム教が禁じているものを含まない食品についているマーク)がついた食品しか食べないそう。マクドナルドでジュースしか飲まないのも納得。パテは何の肉を使用しているかわからないから食べられないんだとか。異文化~!
 
おかげでいつも手料理をシェアしてもらえました。マレーシア料理の辛さはんぱなかった…
 
彼らが豚肉は食べないというのは承知していたけれど、私たちが豚肉を扱った調理器具はもう使えない、新しいのを買ってくるから使わないで、と言われたときはさすがにカルチャーショックを受けました。無知ゆえの失態。申し訳ないことをしたと反省。
 
また、共同生活をするにあたり消耗品や調味料の類を共同で買おうという案が浮上。いくらかずつ出し合ってみんなで買い物に行くと、
 
「俺たちトイレットペーパーとかいらないんだけど」
 
って言われました。あらま。用を足した後は水で洗う国の人たちだった。異文化~!
 
マイム
マイム
水で洗うのはいいけど便器の周りびちょびちょのまま放置はしないでほしいなって謙虚にお願いしました。
そんな感じで予期せず異文化に触れられたこともあり、わりと楽しかったです。後々すべてこうしてネタになる。経験コレクターには貴重。
 

  仕事

私たちのように共同生活をしているフラットがそこらじゅうにあり、みんな毎日農園へ働きに行きます。早朝にバスが一軒ずつ回ってお迎え。朝4時台。まだ暗い。早すぎ。
 
バスに揺られてファームに着いてもまだ5時前。仕事開始は5時。早すぎ。日が昇ると作業がつらいから早く始めるに限る、と思いきや日が昇る前に終わりはしないのでその解釈は不正解。
 
朝焼けのトマトファーム
朝5時から夕方5時くらいまで (かろうじて昼休憩はありました。) ひたすらファームでトマトを収穫するだけの毎日。怒鳴られながら。炎天下で。無駄口もきけず。地獄!
 
トマトの収穫というとトマトを一個ずつもぎ取ってカゴに入れていくのどかで平和なイメージをすると思いますが、それは今現在私が日本でやっているトマトの収穫方法。
 
のどかで平和なトマトの収穫
当時私がいたのはオーストラリア。トマトの木は何十メートルにも渡って植えられていて、それが何百列?何千列?もありました。土地、ありすぎ。その敷地内のトマトを全て収穫するにはもうね、マシーンです、マシーン。でもマシーンが青い実と赤い実を識別して収穫なんてことはさすがにしてくれません。そこは人の手。
 
木と木の間を同時に何列も動けるマシーンがありました。その麓?ボトム?の部分に人が座れるスペースがあります。そこに座った人が運転手がマシーンを運転する速度に合わせてひたすらトマトをもぎ取り、取ったトマトを脇の溝に置くと、ベルトコンベアでトマトが上部に流れていきます。上部には別の人が待ち構えていて、流れてきた大量のトマトを色別に仕分けます。
 
一応説明しましたが上手いこと伝えられないので写真を貼ります。あとは想像力でカバーしてください。
 
トマトの木の列の間を動いていくマシーン
下の人がもいだトマトを仕分ける上の人

とりあえずよくできたマシーンでした。考えた人がすごい。エンジニア尊敬。

ひとつのマシーンに合計15人くらい乗っていたと思います。座れるなら楽じゃん、と思うでしょう?やってみればわかります。窮屈な体勢、同じ姿勢、罵声を浴びせられながらの作業、精神的プレッシャー。それを炎天下で1日8-10時間。地獄です。

それではお待ちかねの同僚紹介。
 
インドネシア人
マレーシア人
インド人
大量のトンガ人
そして、トルコ人のボス
 
オーストラリア感ゼロ!
 
マイム
マイム
トンガどこ?ですよね。大洋州の島国のひとつ。ニューカレドニア、フィジー、バヌアツなどとともにオーストラリアの東側の方に浮かんでいる国です。
 
こんな人種。刺激はやや強めとなっております。

ここ日本人女子が来るところじゃないって早々に悟りました。ワーホリのファームジョブというと、ヨーロッパからワーホリに来ている白人との共同生活、共同作業をイメージするものです。時にファームマジックでカップルが誕生したりなんかもして…

うちらなにこれうける。
 
でも、うけてる場合じゃありませんでした。人使いの荒いトルコ人のボスはずっと怒鳴ってるし。「仕事が遅い!もっと働け!」と。それもそのはず、(トンガ人はきちんとした体制で就労していたようですが)、大半の東南アジア勢は不法就労だったようで。不法で稼ぎに来たお前たちを俺は使ってやってんだぞ。稼がせてやってんだ!っていう意識がボスにはあったのでしょう。そこへ紛れ込んだ日本人女子2人。あちゃー、の事態。
 
まあ、後々ネタになればいいんです何事も。経験コレクターですし。賞味1ヶ月くらい従順に働きました。トルコ人が嫌いになりました。しばらくトマトも嫌いになりました。
 
トマトの季節が終わり強制的に終了になり安堵。
 
~余談~
休日にトンガ人の集まりになぜか呼ばれました。カバと呼ばれる 泥水 現地のお酒を嗜む会。トンガ人が50人くらいいました。カバは見た目通りまずかったです。
 
どこからどう見ても泥水
なぜか注がされる
こうしてオーストラリアのファームライフは幕を閉じました。ちなみにお金はそんなに稼げなかったです。事前の移動費もあったし、生活費もかかったし、プラマイゼロでした。経験値だけが無駄にアップ。

  現在

日本で農業。ここ1,2ヶ月の話。人生が保留のためふらふらしている私を近所の農家さんが誘ってくれたのがきっかけ。今は農家の主にくっついて畑に行き、言われた通りに苗を植えたり、藁を敷いたり、草を取ったり、収穫したり、収穫した野菜をきれいにして袋詰めをしたり、漬けたり、インスタ映え写真を撮ったり。
 
幼少期の潔癖は克服。(だろうよ。潔癖だったら途上国には行かない。) 太陽の下で汗を流しながらの適度な肉体労働。収穫時は喜びを味わえます。自給自足の有り難みを感じながらの本質的な生活。心身健康になると思います、農業。
 
マイム
マイム
これ、稲作を始めた原始人の気持ちでしょうか。稲作を始める時点でもうそれは原始人ではないのかもしれませんが。その辺は専門分野じゃないので…
それから、嫌いというより単に興味がなかったきゅうりが愛おしく見えるようになりました。目の前にあっても手を付けたことがなかったらっきょう漬け、ふきの煮物なんかもつまむようになりました。大人の食育!
 
マイム
マイム
人間にも応用できるんでしょうか。嫌いじゃないけど興味がない人と距離を縮めてみたら愛おしく見えるようになりますか?だれかやってみてください♡
これからも人生にちょこちょこ農業を挟んで生きていけたらいいなと思っています。心が荒んできたら農業。原点回帰!
 
マイム
マイム
ありがとうございました。

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