USA

マラウイから戻ったあとで。

こんにちは、マイムです。
小学生の頃 “習字そろばん教室” に通っていました。殺風景な教室の壁に貼られた書道で書かれた手書きのポスター。
 
酒、タバコ、電卓、パソコン、二十歳から。
 
2才の姪っ子がアンパンマンを見るためにスマホを操作しているのを横目に、私たちの幼少期はえらい時代だったようだねと妹と昭和トーク。
 

今回は

アフリカで半年間を過ごした後、アメリカに戻って過ごした半年間の話。
 

  アメリカに帰国

マラウイを発ち、南アフリカを経由して再びアメリカの地へ。空港のトイレで勝手に水が流れてすこぶる怖い思いをしました。驚くとかいうレベルではなく、お化け屋敷で脅かしてきたお化けに悪態をつくレベルでトイレに腹が立ちました。なんで無駄にハイテクなんだよ!トイレのくせに。
 
アフリカから戻ると学校のメンツも一新していました。新しい環境、新しい出会い、新しい生活、いろいろ新しい。いい感じ。負のオーラに満ちていた半年前とは違うフレッシュな空気。高度な文明もある。しばらくはふわふわワクワクしていたのを覚えています。久しぶりのおしゃれが楽しかったです。マラウで一緒だったトリオメイトのブラジル人に「だれ?」って言われました。マラウイにいた時と顔を含め出で立ちが違い過ぎて。うるさい。
 

  プログラム

日常生活のタイムスケジュールはアフリカ渡航前と変わりません。こちらで復習できます。
 
アフリカへの道【学校生活編】こんにちは、マイムです。 人生で初めて一人で飛行機に乗りアメリカ国内での乗り継ぎもクリア。シカゴの空港に到着しました。ピックアップをお...
 
基本的にやらなければいけないことは同じ、ただしファンドレイジングを除く。もう一度一緒に復唱願います。せーの、ファンドレイジングを除く
 
ファンドレイジングについてはこちらで復習できます。
 
アフリカへの道【資金集め編】こんにちは、マイムです。 大事なことは別として日常生活ではけっこうどうでもいいことの方が多いです。   "What do you ...
 
例えるなら何でしょう。ピーマンの肉詰めからピーマンを除いた感じ。ただのミートボールじゃん!やった!ピーマン好きにはわからないやつですけど。ピーマンてわりと嫌われ者だと思うので。
 
ピーマンの肉詰めからピーマンを除いたらただのミートボールなのでそりゃ楽勝も楽勝ですが、このプログラムにはまだスタディタスクが残っていたのでそこまで有頂天にはなりませんでした。それでも「これいける気がする」程度に負担が軽減したのは事実です。
 

  タスク

渡航前のタスクとはもちろん異なりました。アフリカで貧困を目にし、現状に直面して思ったこと、考えたこと、できたこと、できなかったことなどをまとめていく各種レポート。加えて学んだことや感じたことを歌や踊りで表現しろだことの、アート作品を制作しろだことの、ポエムを作れだことの…単純なレポート作成に留まらず独自の世界観を再現してみんなの前で発表しろ、みんなを巻き込んで演出しろ、といった謎のタスクがちりばめられていてけっこうつらかったです。シャイなので。でもまあそれもチームワークですから。得意な人の恩恵にあずかりながらうまいことやる作戦で乗り切りました。
 

  試験

実はこのプログラム、”fightig with the poor (貧困と戦う)” というサブタイトルがついていて、プログラム開始時から取り組んできたスタディタスクはすべてモザンビークの One World University という大学のカリキュラムに沿っているというではありませんか。そして実際にアフリカに渡航し貧困と戦ってきた暁にはその大学で実施されている試験をオンラインで受けなければならないという。スカイプを使ったオンライン口頭試験がありました。各分野ごと。英語で。落ちたら再試験。アメリカとモザンビークには時差があるので朝6時からとか。おーい
 

  プレゼン

アフリカで行った活動をこれからアフリカに行くチームにプレゼンしたり、プログラムへの参加を検討している人たちに向けて宣伝を兼ねてプレゼンしに行ったり。コスタリカ(中米の国)へ渡りプレゼンしたときの写真がこちら。
 
アフリカでの活動を紹介。スペイン語圏ですが英語で貫き通しました。
常に前に立たされていた気がします、この期間。嫌いなのに。
 

  記憶に残るタスク2選

脳裏に深く刻まれているタスクが2つほどあります。たった2つかよって感じですけど、全体の量からすると。
 

  ① スピーチ

ある日のモーニングコースで「スピーチ」についての講義がありました。歴史に残るスピーチを残した世界中の偉人、著名人のそれを聞き、どう優れているのかを検討したと思います、確か。スピーチは思いを大衆に伝える手段。起承転結を考えて伝えたいことを的確にまとめ、また内容だけでなく聞き手にインパクトを与えるパフォーマンスを盛り込んだり、表情や間の置き方、声のトーンを変えるなどのスキルを行使して初めて人々の記憶に残る良いスピーチができるようで。スピーチって奥が深いんだなあ、ふ〜ん。で終わるわけもなく。終わりたかったですが。
 
来週ひとりずつスピーチをしてもらうので考えて練習しておくこと
 
ってなりました。そうならないことを切に願っていたけれど、嫌な予感というのは的中するものです。
 
 
スピーチの概要

「スピーチが嫌い」っていうスピーチを。人前で話すことが苦手ですっていう。でも挑戦しもしないで諦めたわけじゃない。生徒会長を務めていた学生時代、人前で話す機会が山ほどあった。苦手でもどんなに嫌でも取り組んできた。それでも好きになれなかったし克服はできなかった。苦手なことを克服するのは大切なこと。挑戦し続けて克服したら、それは成長したという証だから。諦めたら終わり、挑戦し努力することに意義がある、という風潮が世の中にはある。でも苦手なことに取り組み続ける努力を、得意な分野をさらに伸ばす努力に転換してもいいはず。喋りが苦手で、それなりに挑戦しても成果が出なかった。好きにもなれなかった。だから私は書く道を選ぶ。思いを表現する方法は喋りだけじゃない。文章を綴ることで伝えることができる。私は書くことが好き。だから苦手な喋りを克服するよりも、得意な書くスキルをもっと伸ばすための努力をしていきたい。その方向で成長していきたい。

みんなが褒めてくれたのを覚えています。スピーチが嫌いっていうスピーチを褒められるというパラドックス。聞き手の心をスピーチで掴んだことは素直に嬉しかったです。それでもやっぱり嫌いなもんは嫌いだけど。
 
マイム
マイム
喋りが苦手ゆえ電話が誠に苦手です。なんなら対面での会話も。それをコミュ障と呼びます。文通が好きです。テキストメッセージが好きです。ブログやSNSを通じて文章が面白いと褒めてくれる人がたくさんいて嬉しい反面、対面だと面白いこと一個も言えないので申し訳なさしか感じません。
きっと、表に出てこない何らかの「中の人」が適任、天職なんだろうと思っています。その分野の職、見つけていませんが。笑
 

  ② フューチャー (未来)

アフリカでボランティア活動をするなどという日常からかけ離れた経験を経て、その後の将来をどのように描いているかをプレゼンせよっていうタスク。
 
将来の展望特になし
 
正直なところそれでした。先のことは考えられない性格。1年後の自分さえ見えてないことのほうが多い。今を生きていると言えばかっこいいけれど、計画性がないと言えばその通り。参加しているのが18ヶ月のプログラムとなれば18ヶ月後にプログラムを終えるというところまでしか認識できていないのが私です。その先を描けと言われても…
 
とりあえず何かしらプレゼンすれば終わるのだから、別に事実じゃなくてもいいんだと解釈し、あることないこと言いました。可能性として十分にあり得ることからおそらく無理そうなことまで全~部。
 
キーワード
  • 薬剤師
  • フリーランス
  • 資格取得
  • 結婚
  • JICAボランティア
  • 楽器
  • 健康関連の勉強
順不同。ただただ列挙してちょこっと説明を加えてみただけのプレゼンでした。フリーランス?何の分野で?資格?何の?結婚?誰と?JICAボランティア?どうやって?楽器?何の?健康関連?またなんとアバウトな…
 
笑!
 
としか言いようがない将来プランを公表して私のフューチャータスクは終わりました。
 
真面目に聞いてくれてありがとうございました。
大事なのはここから。
 
叶ってきてるんです
 
かつてプランが全くないまま口にした将来プランが、叶ってきています。
 
  • 資格取得
  • JICAボランティア
  • 健康関連の勉強
の項目について。日本語教師の資格を取得し、JICAボランティアとしてブラジルへ行きました。説明するまでもなく旅はし続けています。心理学に興味を持ち通信講座を始めようとしているのは、心の健康関連の勉強でしょう。
 
言霊再び。以前、社会人時代の言霊の話をしましたが、口に出すことで見えない力が働くのを信じざるを得ない事態。
 
キャリアを描かないキャリアデザイン研修こんにちは、マイムです。 ひっそりとブログを始め数日前に初めて公言したところ「早く次が読みたい」とメッセージをくれた友人がいて嬉しかっ...
 
マイム
マイム
やりたいことリスト、死ぬまでにしたい100のこと、なんていうバケツリストを作ってみるのはあながち無意味ではない気がしています。言ったもん勝ち。
 
2014年の1月にプログラムを終えました。大雪の中、シカゴの空港まで当時のスクールメイトたちが見送りに来てくれ、涙の別れをしたあの日。
 
アジア人率高めですが日本人、韓国人、日系ブラジル人が混ざっています。
その年ミシガン州は異例の寒さを記録していました。白銀の世界がこちら。
 
これまたアジア率高めに見えますが左からヨーロッパ系ブラジル人、日本人、日系ブラジル人、韓国人です。
 

  あとがき

冒険をまたひとつ終え現実に戻った数ヶ月後。あんなに何もない中で不自由なく生活できていたのに、先進国に戻った瞬間何でもある生活が蘇り、そこに疑問さえ感じなくなっている自分に幻滅しました。今でもシンプルな生活に憧れているのは本当ですが、先進国にいながら時代に逆行した生活をするのもいかがなものかと思うので。毎日川で洗濯をし火を起こして3度のご飯を作っていたら確実に変な人認定1級でしょう。
 
生きるっていろんな要素が絡んできて難しいものだと思います。「自由」とは言っても生まれた時代や国、文化、常識、発展度などに応じた基準内での選択が求められます。自由度ってそれほど幅がないように感じます。
 
電卓、パソコンが二十歳からの時代に生まれた世代と、2歳でスマホを触らせてもらえる世代のこの違い。違う時代に生まれ育った人間が違う時代を生きる人間を育てる、これまたカオスなんじゃなかろうかと子育てに余計な思考を巡らせながら終わります。
 
マイム
マイム
ありがとうございました。

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