ライフイベント

濃いめの富士登山

こんにちは、マイムです。
前回まではプロフィールを書いてきたので時系列に沿ってきました。今回からはフリースタイル。記憶に残るライフイベントの記録。(順不同)
 
ライフ‐イベント(life event)
生活上のさまざまな出来事。 特に、結婚・就職・出産・大病など、その後の人生に影響のある大きな出来事。  (出典 コトバンク)

それなりの年数を生きてきたので、ライフイベントにもいくつか遭遇してきました。でも私のライフイベント、このどれにも当てはまってない。というわけで完全オリジナルバージョンでお送りします。

今回は

富士登山
 
現時点までに4回登りました。静岡県に生まれ育ったため富士山とは幼馴染、以心伝心。呼ばれれば行きます。その記念すべき第1回富士登山はプロフィール(【大学生~会社員時代】)でも紹介した富士バカでした。

マイム史【大学生~会社員時代】こんにちは、マイムです。 人生が意外と長い件。あと2話続きます。   【余談】タイトル画像のカバ人生の前半を上半身、後半を下半身で...

21歳の夏、

東京から富士山まで無一文で歩きました。
 
8月の某日。静岡の自宅を出て東京都内の集合場所に着くと、会場には24人が集まっていました。けっこういたことにびっくり。うち、女子4人。私以外におかしな女子があと3人いた‼その集合場所の公民館で軽くアイスブレイクとルール説明があり、24人が6人ずつ4チームに分かれました。(女子はもちろんバラバラに)
 
ルール
★チームで協力して富士山のふもとを目指す(富士吉田駅で全チーム集合)
★お金は持たない。お守り(保険)として一人500円だけ持っていいが緊急時以外は使ってはいけない。

出発前に全員で近くの銀行へ行き、手元に500円だけ残して残りの所持金を口座にイン。準備完了。出発!解散!
 

  富士登山までの100キロの道のり

さてさて。あっけなく出発したはいいけれど、そこは知らない町。頼りになる道標もない。あるとすれば富士山の方角。とりあえずこっちに向かって歩けば富士山に近づきそうっていう勘だけを頼りに歩き始めました。通りすがりの交番でお巡りさんに、
 
「すみません、僕たち富士山目指して歩いてるんですけど、富士山どっちですか?」
 
と聞く始末。
 
マイム
マイム
ここで大事な情報。当時はまだ現在のような便利ツールはありませんでした。グーグルマップもなければリアルタイムで情報発信できるSNSもない。LINE?インスタ?ツイッター?ないよ。チーム間の情報共有はメーリングリスト(死語)、みんなガラケー。写真が全く残ってないのも納得ですね。でもだからこそ楽しく旅ができたのかもしれないです。
他のチームがどんな冒険をしたのかは私にはわかりませんが、我がチーム(チーム名は「てっぺん」だった気がします。)の様子はこちら。
 

  食料

コンビニや飲食店で事情を話すと恵んでくれることがありました。道行く方が食べ物を買って渡してくれたり、中には自宅に招いてご馳走してくれた方も。感謝の気持ちを伝えながらありがたく好意を受け取りました。
 

  寝場所

公園のベンチ。段ボールを敷いて駐車場で。教会の方が場所を提供してくれたりも。8月の半ば、一番暑い時期。猛暑の中、炎天下を歩くのは困難を極めます。そこで夜の間にできるだけ歩いて距離を稼ぎ、日中木陰で眠るという作戦も使いました。
 

  シャワー

男子は公園で水浴び!もしくは川にダイブ!女子は優しい方を探して自宅のシャワーを貸してもらいました。
 

  洗濯

川で、または公園でジャブジャブ。手絞りの後はリュックサックに引っ掛けて歩けば勝手に乾く。
 
文字に起こすと淡々としてしまうことに驚きです。実際は想像を絶するほどハードだから。自由に飲み食いできない、(どんなに若くても)野宿じゃぐっすり眠れない、疲労はどんどん蓄積されていく。それでも寝てる時間以外は歩かねばならない。地獄の5日間をチームワークで乗り切り、道中ずっと語り合っていたことで友情が深まりました。
 

  登山パート

記念すべき第1回富士登山だったはずなのに記憶があまりないです。山に辿り着いたときには極限状態。寝不足・疲労によるヘロヘロ状態の中、励まし合いながらどうにか頂上まで辿り着きました。標高が上がるにつれて強風になり極寒だったこと、酸素が薄く数歩歩くと息が切れたこと、8合目くらいで見た朝日がきれいだったことは覚えています。そして忘れてはならないのが下山。もう、坂道が、長い!そして滑る!永遠に景色の変わらない下山道。下りても下りても坂道。
 
「もう一生坂道下りたくない」

って誰かがつぶやいたのが印象的でした。

  富士バカ後記

無一文というルール。初めから誰かのお世話になることを想定しているという意味で賛否両論あるのは事実です。イベント終了後に知人に話したところ「誰かの世話になることを前提とするのではなく、事前に準備をしっかりとして自己責任で富士登山という目的を全うするのが筋」という意見をもらいました。もっともだと思いました。それでも、この旅を通して人の優しさや温かさに触れ、思いやりや助け合いの精神を持って仲間と何かを成し遂げた経験は貴重です。
 
マイム
マイム
おまけだけど大事なエピソード。4人しかいなかった女子は見た感じタイプが全く違って見えました。チームもばらばらで交流もなく。のはずが、仲良くなれないだろうと第一印象で思った(相手もそう思っていたそう。)あの子と下山後に話す機会が。全てが終わった後に初めて。もうあとは帰るだけの電車のホームとかそんなタイミングでしたが、そこでまさかの意気投合。彼女とは今でも仲の良い大親友です。

  富士登山への想い

「富士山は見るもの」と主張する友人がいます。あながち間違ってもいないのは認めますが、一度は登ってみてもいいと思います、日本人として生まれたのだから。ただ二度は登らなくていい、全然。それなのに誘われると登ってしまう私。NOと言えないのではなく、むしろ積極的に登りたいと思っちゃうのはドエムだからでしょうか。毎回富士登山直後は「もう一生登らない」と誓うのですが、結局2~3年に一回登っています。
 
富士登山ルートは4つありますが、私は以下のルートで登りました。
 
第1回 吉田ルート
第2回 須走ルート
第3回 富士宮ルート
第4回 富士宮ルート
 
残りのひとつは御殿場ルートですが、ひたすら長いと聞いています。山小屋への宿泊はせず、夜出発してご来光を頂上で拝むことを目標に登り、登頂後すぐに下山というプランで挑むため、まだトライしたことがありません。
 
感想
どのルートもきつい!
 
以上。どのルートが楽?と聞かれることがありますが、楽な道なんかない!人生と同じ。そして、下山するまでが登山、下山も含めて登山です。これ肝に銘じておいた方が賢明です。加えて天候との闘いも視野に入れておかないと痛い目見ます。強風、雨、雷、濃霧…これはもう運!
 
 
・・・・最後に余談・・・・
男女混合グループで登るときはある程度心強いのですが、第4回は女子3人での登山でした。それを案じた母が「知らない男の人について行きなさい」というあられもない忠告を。素直な女子3人、言われた通り5合目で見つけた知らないペルー人男性たちについて行った結果、下山する頃には友達になっていました。下山後の想い出写真がこちら。
 
 
以上、富士登山にまつわるエピソードでした。第5回富士登山のお誘いがそろそろあるんじゃないかと思っています。
 
マイム
マイム
ありがとうございました。

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