プロフィール

マイム史【小学生~中学生】

こんにちは、マイムです。
時間があるからという理由でブログを始めたはずなのに、地元で農業にかまけていて時間が過ぎていく毎日。
 

今回は・・・

前回のプロフィールで華麗にスルーした子供時代から、人生がおかしくなり始めるきっかけとなった大学4年の夏休みまでの約20年間をさらっと振り返ろうと思います。(全4話)
 
オタマジャクシがカエルになるように、ヒヨコがニワトリになるように、ざっくり生後20年までのマイムとそこから現在までのマイム、違ってます。見た目の話ではなくてです。(見た目ももちろん成長して変わったはずですが、時に「変わらないね」というお言葉もいただきます。複雑)
 
あえて蛹(さなぎ)が蝶になるように、っていう表現を避けたのは「蛹が蝶になる」って、花開く、的なポジティブな意味合いが強い気がするから。
 
私が言いたいのは、花開いたとか成功したとかそういうことじゃなくて、ただただマイム像が昔と今で違うってことです。端的に言えば、
 
ガリ勉 から 自由人
優等生 から 落第生
 
へと変貌しました。
 
過去の栄光を自慢したり武勇伝を語るつもりはありません。ただ優等生の過去がありがなら、なぜそのまま人生の王道コースを進め(ま)なかったのかってところに話が繋がっていきます。
 

小学校低学年時代

  取り柄は勉強

「才能も一芸もないんだから勉強しなさい。勉強は万人に平等に与えられたチャンス」
 
衝撃のセンテンス!小学生(まだ低学年)のときに母から言われたこの言葉は未だに脳裏に焼き付いています。後に、世界的に見たら勉強(教育)の機会は決して万人に平等に与えられたものではないことを知るのですが、少なくとも当時のミニマイムは素直にああそうなんだと納得しました。

  運動はといえば

運動も好きでした。昼休みは教室でオルガン系女子ではなく校庭で男子とボール遊び系女子でした。男の子と一緒にハンドベースボールをしたり、氷鬼をしたり、うんていの上を歩いたり、高鉄棒から飛び降りる技を練習したり。砂の山があれば駆け登るのが趣味でした。何が楽しかったんだろう。ミニバスやりたい!サッカー習いたい!という打診も一通りしましたが全部却下されました。無条件で参加できるはずの、年に一度の町内対抗ドッヂボール大会の練習は決まって放課後。習い事があるという理由で参加できず。チーン

  習い事のオンパレード

週3 そろばん
週2 学習塾
週1 習字
週1 ピアノ
週1 ガールスカウト
 
まあ忙しい。子供時代に遊ぶ時間がほとんどなかったのは恨むところですが、月謝を支払って送り迎えをしてくれた母。もちろん働いてくれていた父。教育に力を入れてくれたんだなぁというのはとても感じています。ありがとね。ちなみに毎年夏休みには母からの宿題がありました。国語、算数、日記をフルコースで毎日。チーン
 
そんなわけで、成績は良かったです。小学生がそれだけ勉強したら結果は自然についてくる。ところがどっこい、「ちょっとデキる子」だっただけの私が、変な追い風に背中を押されておかしな方向に走り出した(走らされ始めた)のは小学4年生を終えた頃からでした。
 

小学校高学年からのあれこれ

  期待に応えるというプレッシャー

  小学4年生

私を過大評価した担任の先生が3学期の通知表にオールAをつけた。親、喜ぶ、期待する。
 

  小学5年生

小4でオールAをもらったことを知った小5のときの担任の先生。プレッシャーを感じたのか、彼女も3学期にオールAをつけた。親、もっと期待する。私、プレッシャーを感じ始める。
 

  小学6年生

転校。「デキる転校生」と認識され、4月に転校したばかりで2学期に学級委員をやらされる。時期尚早。校歌すら満足に歌えない、校内で迷子になるという弱いレベルで。
 

  中学生

その頃には自分の意思はもう一切なくなり「勉強とは120%の情熱を注がなければならないものである」みたいな宗教を信仰、洗脳が完成していました。内申点が欲しくて生徒会長に立候補。人前に立つのは好きじゃないのに自分に鞭を打ってまで。そして当選。高校受験は学校推薦をもらい地元の進学校の理数科に合格。

 
・・・やっと終わった
 
 
合格発表後、ただただ安堵感を覚えました。誰の期待も裏切らなかったこと、みんなの期待に応えられたことに。嬉しい!とか、やったー!とか、高校生活楽しみ!とかそういう気持ちが少しもなかったのは、自分の意思で勝ち取った何かではなく、マインドコントロールによりひたすら走らされていただけだからだと思います。
 

マイムのまじめなまとめ

  大人が子供に与える評価と期待

通知表1枚の評価で、子供の未来が変わることって本当にあると思います。私もそうだったかもしれないし、私が勝手にそう思ってるだけで実はそうじゃなかったかもしれないけれど。大人が子供に下す評価と期待はとてつもなく大きな何かで、その子のその後の人格形成や人生に影響してもおかしくないなって大人になった今思います。
 
ブラジルで2年間日本語教師として働いていたとき、生徒たちに成績をつけました。自分の一存で他人を評価する、成績を付ける、それはそれは恐ろしいことでした。私は人間で、感情もあります。機械のような正確な評価はできません。それなのに、他人にスコアをつけるなんて。
 
多くの場合、プレッシャーは期待という形で与えられ、多大なるプレッシャーを背負うと人間はその期待に応えるために走り続けてしまうものだと思います。一方、期待する方はプレッシャーを与えている意識はないだろうし、その期待やプレッシャーのおかげで成功を収めることがあるのもまた事実なので、一概にそれが悪いわけでもないです。もう、どうすればいいんでしょうね。なんなんでしょうね。正解はわからないけど、人生っていろいろ難しいものですね、をまとめにしようとしている私。誠にいい加減だと思いますが、そういうところけっこう好きです。マイムの「マ」は真面目の「真」なんですけどね。 
 
ふと思いました、もしかしたら日本のお父さんたちも同じかもしれないと。お父さんたちが感じているプレッシャーは、大人から子供へのそれではないけれど。家族や社会や会社の上司…みーんなからの期待に応えるために、お父さん、がんばっちゃう。みたいな。
 
巷で流行った書籍「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」という勇気シリーズ(アドラー心理学ここにあり)にかこつけて言えば、子供時代の私には「諦める勇気」や「期待を裏切る勇気」がありませんでした。それさえあれば、きっともっと学生時代は楽だったし、プレッシャーフリーに過ごせたのかなと思います。それが吉と出るか凶と出るかは別として、その後の人生もきっと違ったはずです。
 
 
というのが小中学生時代(優等生時代)の私です。次回、高校~大学時代を振り返ろうと思います。
 
 
マイム
マイム
(まだ途中だけど)最後まで読んでくれてありがとうございました。
 
マイム史【高校生~大学生】こんにちは、マイムです。 当初はこれまでの人生をざっくり前半と後半に分けて書くつもりでしたが、なんだかんだで長くなりそうです。第1話で...

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